考える虫のつぶやき

こうやって生きたらいいのに を探して、物の見方、考え方について、あれこれと思うままに書いています。なぜか夜中ばかりの投稿ですが…

お父さんの育児参加、遊び相手も立派な育児...子どもに精神にとって大切な経験...間違いなく^^

最近は、色んな育児支援の仕組みができてきて、父親も育児休暇が取りやすくなりつつあります。もうそんな年はとっくに過ぎてしまってて、ちょっと羨ましい...orz

数年前まで、イクメンなんて言葉が持て囃されていて、でも、なんとなく違うかなぁ...って印象もありましたが、わざわざそんな言葉がなくても、最近は、父親の育児参加が「普通」の感覚になりつつあるのを感じます^^

ただ、そんな父親の育児参加、よく見聞きするのは...

育児で大変な母親を助ける...的な、つまり、父親が家事をしてくれるんだけど・・・なんか違う...っぽい話題だったりします...(^^;)

家事が上手な父親もいるとは思いますが、そんなに多くはないのかなぁ...と

あと...

お父さんは子どもと遊んでばっかり...っていう話もちょくちょく見聞きする気がします...(^^)

これって、母親から見れば、当然そう見えちゃうのも仕方ないかも...なんですが...

子どもからみると、全く違ってて...間違いなく^^、つまり、子どもにとっては、自分の方を見てくれる人がいる!...になってるはず(^^)

端から見て、子どもと一緒になって、ど〜でもいい、しょ〜もないことで、キャッキャッ!してふざけ合えるのって、実は、男性の方が上手くできる人が多いんじゃないのかなぁ...そして、

そのふざけ合いがくだらなければくだらないほど、子どもにとっては心地よくて、満たされた感が半端なかったりします...きっと^^

子どもの心身にとって大切なのは、この満たされた感...だって、最近は強く思うようになってます。つまり...

将来、精神的にしっかりするかしないのかも、この満たされた感の多さが、大きく関係している...そんな風に考えてます^^

最近は、アレだめ〜、コレだめ〜...ばかりが増えていて、子どもが思うままに行動できないことって増える一方...orz、
通園前の小さい頃から、そんなにダメばかり言われてると、子どもからすれば、(親からですら)受け入れられてない感...しかなくて...

大きくなっても、自分に自信なんて持てるはずもなく、不安や心配がいつも漂っている...そんな空気感の中で過ごしている...、そして、それがいつ、崩れてもおかしくない...

って感じじゃないのかなぁ...

アレだめ、コレだめ...あ〜しなさい、こ〜しなさい...でちゃんと育てるって、一見、何か鍛えているように思えるけど、実は、逆効果...、逆に、
どうでもいい、しょうもないことでゲラゲラ笑って、ふざけ合ってる方が、よっぽど子どもの精神を安定させることになって...
大きくなったときには、ちょっとやそっとじゃ不安定になったりしない(いわゆる精神的に強い)...そんな育て方になってるんじゃないのかな...って思ってます^^

もし、お母さんから見て...

お父さんの方が、子どものくだらなさに付き合って楽しめてそうなら、どうかそれを育児と思ってあげてください...長い目で見て、きっと、子どもがいい反応をしてくれるように育つと思うから^^、

そうじゃないときは、お母さんも子どものくだらなさに付き合ってあげてください^^、その代わり、お父さんは家事をしっかり頑張ってください(^^;)/

 

 

認証制度って...不正や不祥事があったときにどの認証を受けていたかもすべて公開したらいいのに...

企業や教育機関医療機関...ありとあらゆる組織に対して、それらに関わる何らかの質を保証するための認証(評価)制度...

今回も、複数の自動車会社で性能試験などで不正があった...ことがニュースになっています...orz

幸い、僕の車種は該当しませんでしたが、どこまで信じてよいのやら...(^^;)

少し前にも、ダイハツ工業での不正が問題になり、大騒ぎになりましたが、そこだけではなかった...わけです。

そのときにも思ったことですが...

不正があった企業が、どんな認証を受けていたのか...その認証の一覧も公開すべきじゃないのかなぁ...って

大学なんかの教育機関でも、不祥事があったりしますが、これも同様に、どんな認証評価が通っていたのか...も分かればいいのになぁ...と。

これだけ色んなところで、不正やら不祥事やらのニュースを見聞きすると、認証機関って、当然、その組織の何某かに質のお墨付きを与えるための機関ですが、本当にどこまでちゃんとやっているのだろうか???...

そんな疑問が出てきます^^

僕も職場で、認証を受けるための仕事を担当したことがあります。前回の認証で、何らかの注文が付いていたのですが、職場でやっている中身的なものは問題なくちゃんとやっていると思ったので、作文と証拠になる資料だけを整理し直して認証を受けました^^、結果は「申し分なし」となったことがあります...orz

つまり...
その認証は、書類がちゃんと揃っているかどうかだけで判断してた...ってことで、実際的な活動状況なんて大して見てはいなかった...ってことです(^^;)

裏を返せば、書類だけちゃんと取り繕えば、認証を通過し得る...

企業は不正が見つかると、当然、非難され信頼を失い、経営も脅かされます...自業自得ではあるけれど、でも、認証(評価)機関って、何の責任も問われない...

これって、ちょっとモヤモヤしたものがあります...

会社など組織によっては、その認証のために、余計な業務が発生して、それが巡り巡って、本来の受益者がしわ寄せで不利益を被ることだってあり得る...例えば、教育機関だと学生だったり...

今回の不正も、ひょっとするとその業務負担が巡り巡って、不正に繋がった...ってことも...あくまでも、風が吹けば桶屋が儲かる的な想像だったりしますが...

いずれにしても...

今の認証(評価)のあり方って、何に対して責任があるのかもはっきりしなくて、段々形骸化しつつあるようで、そろそろ真剣に考え直さなくちゃいけなくなってる...気がします(^^;)

 

勝ち負けをつけない、フレーフレー自分的な運動会...逆に、将来の争いの種...にならないかなぁ?

都内の一部の小学校で...とありましたが、運動会で紅組、白組を廃止して、勝ち負けをつけない運動会になっているんだそうです...orz、さらに、「フレーフレー自分」で去年の自分に勝つというテーマ設定らしい...orz、そんなニュースを見かけました^^;

小学校の運動会で「紅組・白組を廃止」の動き “勝ち負けをつけない”方針で、徒競走も「去年の自分に勝つ」 応援は「フレー! フレー! 自分」に|NEWSポストセブン

記事を読むと、コロナ禍をきっかけにそういう流れが進んだっぽいことと、文科省が運動会の競争性の廃止を推し進めている訳ではない とはありました。そんなものが推し進められてなくてよかった^^

組に分かれて、自分たちの組が勝つ...そのためには、みんなで力を合わせて頑張る...必要があります^^。共通の目的で、みんなで力を合わせる中で、助け合いや思いやり、協調性、コミュニケーション力等々...つまり、周りの人との面と向かった関わり方を体験し、学ぶ...組に分かれて勝ち負けを競うからこそなんだと...^^

それなら、運動会の勝ち負けじゃなくても...そういう意見も言われそうですが ...(^^;)

「勝ち負けを競う」にはゲーム性があります^^、人は本能的にゲーム好きな生き物...のはずなので、その本能的な面を働せれば強制をしなくても一生懸命になる...結果的に、より効果的に人との直接的な関わり方を学ぶ...間違いなく...(^^)

最近の教育に関して常々心配に思うのは、これに限らず...、

本能的な面を抑えてしまう(押さえ込む)やり方を取っているってことです(^_^;)。「本能的」だと「理性的じゃない」っぽく思われがちですが...

「本能」と「理性」は両輪...つまり、
本能を動力にして理性を高め、その理性を使って、本能をより良く生きる(共生や不戦など)活動内でしっかり満足させる...その循環で成長する...これは他の動物にはない人間だけが持っている可能性だったりします...(^^)、なので...

本能を抑制しちゃうと、人と共生するのに欠かせない理性を効果的に高められない...

そう思っているのですが...^^;

そんなこんなで、
勝ち負けのある運動会は、これまで通りで大丈夫だと思うし続けて欲しい

あと...、
勝ち負けが着くことで、優劣がつく...それが心配ってことなのかも...ですが、大切なのは...

その勝負が着いたら、勝ち負けに関係なく、「お互いの頑張りを称え合う」、それで運動会を締める...なのかなぁ...と^^、「フレーフレー自分」ではなく(^^;)

じゃないと、オリンピックやあらゆるスポーツ競技もダメになっちゃう...orz

そして...、
「フレーフレー自分」...これはやってはいけない...ほぼ間違いなく(^^;。

学校での活動は、ざっくり...勉強系と運動系の2つに分けられて
勉強は最終的にはみんな進路が違っていて人それぞれ、一方...、
運動(スポーツ)は個人競技でなければ共通のルールがあってその中で協力して...、なので...

勉強については、まだフレーフレー自分もありかな...とは思うのですが、運動(会)については、フレーフレー自分はおかしなことになってしまう...気がします...^^; 特に...、
チーム競技は、仲間との意思疎通や動きを合わせる連携が重要で、自分の上達も大切ですが...それよりも、仲間を励ますことの方が遙かに大切だったりします^^

だから...運動会では、「フレーフレー自分」は無しかなぁ...と。

あと...、
「フレーフレー自分」は、今よく言われる自己肯定感を下げてしまう可能性って大きい んじゃないのかな...とも思っています...(^^;
そう考えると、将来の争いの種...とも言えなくもなさそう...

戦後からなのか、バブル期あたりなのか...遅くとも僕らが学生のころ(バブル末期)には、「自分」への意識付けが色んな形でなされてきた...かな?、そして今...、
色んなところでごたごたが起きていて、その「自分的」弊害が出てきているんじゃない!?、そんな気がしています(^^;)

 

本当のコミュ力...、いざってときに、どんな相手でも直接話ができるかどうか...じゃない?

コミュ力...言わずと知れた、コミュニケーション能力のことですが、社会に出て仕事をする上で必要とされる能力の一つとされています...(^^;)

なので...、
コミュ力」と検索すると、わんさかとそれに関連したトピックが出てきます^^

コミュ力の要素など、ちょっと詳しい内容は、そっちに任せるとして、自分の職場で気づきがあったので...それについてちょっと書いています...(^^)

当然、僕も...若い人たちには、コミュ力も大切だよ...的な話くらいはしていました...が、それは、つまり...

「誰かと会話ができる」程度の意味でした...

会話ができれば、お互いの情報交換が出来るわけで、仕事上のやり取りには困らない...ごくごく当たり前ですが、それが主な理由です^^。ですが...、

そんなコミュ力で何とか通用するのは、実は、一兵卒的な立場にある若い時分だけじゃないのか...ってのが、今回の気づきだったりします...つまり、一対一的な関係だったり、一部所内だけの関係だったり...

会社のような組織だと、所謂、管理職やそれに近い立場になると部署を跨いでの仕事、つまり、組織をまとめながらの仕事になります...そうなると...、

必要なコミュ力って、一段階...いや、それ以上に上がる...

今...、
僕の職場でトラブルになっているのは、部署間で意思疎通が取れないこと...orz

ある部署の長は、長を任される以前から、いつも決まった仲間がいて仲良く、私じゃなくても、所謂コミュ力ある風な印象でした...(^^;)、ただ、少し前に別の部署の長が代わってしばらくが経ったのですが、今はその部署との関係がギクシャクしているようです...orz

そのせいで、それらの部署に近い人たちは、えらい影響を食っていて、残念ながら、やれやれな状況だったりします...(T_T)

色々と、その影響を食らっている人たちの話を聞いていると...話を聞くことぐらいしか、彼らを助けることができないのですが...(^^、
お互い以前から仕事のスタンスが違っていてよい印象を持っていなかったらしく、一方は、今風で要領が良さげ(あくまでも良さげ)で、もう一方は、やや不器用で愚直...つまり、油と水...ですね^^: なので...、

共通のトラブルが出てきても、それぞれのやり方が違っていて、お互いの不備を指摘したりのやり取りが続いていて、いつまで経っても問題の解決に向かわない...orz、しかも、最近は...、
"合わずとも"メールやTeamsのようなツールでやり取りができてしまうので、その文章だけが飛び交う、空中戦のような事態まで...(^^;)、そんなこんなで...

今もなかなか、双方で直接的なコミュニケーションが難しいみたいで、少し周りが介入しながら改善を模索しているような状況だったり...します^^

結局...、

この問題って、
以前からお互い合わない...という思いがあって、コミュニケーションを避けていた...、そして、今も、その感情が強くて、コミュニケーションが取れない...orz、つまり、

それって、コミュ症じゃない...?

そう考えるようになりました...(^^;)、逆に...、

大事なことは、多少、仕事に対する価値観に違いがあっても、普段の仕事のちょっとした機会があれば避けずにコミュニケーションを取ることかなぁ...と、できれば、合わない部分はあるだろうけど、よい部分を見つけておくこと...

組織で問題を解決するのに大切なのは、それぞれのよい部分をどれだけ使えるか...じゃないのかな...って、逆に、それぞれの悪い部分を指摘するのは悪手かなぁ...と

指摘するくらいなら、それを指摘する側がカバーすればよいわけだし...、それより、よい部分をそちらにお願いします...だと、よっぽど前向きで上手く行くんじゃなかろうか...って思うわけです^^

そのためには...、

できるだけ普段に、多くはなくても誰に対してものコミュニケーションが必要で...、問題が起きたときも、誰それ関係なく、さっとコミュニケーションを取りに行けて、それぞれその問題についてどんな風に思っているのか、どんなことができるのか...等々、意思疎通を図り、できるだけ齟齬をなくす...

そういった いざというときのコミュ力が、本当のコミュ力...なんだって、今、痛感させられてます^^

それにしても、現状は困った状況です...、あと、そういうコミュニケーションって、僕らの世代(所謂 団塊Jr世代)くらいからできない人が多くなってる気がします...orz

 

 

「うまずして何が女性か」で批判してしまうことが...少子化に拍車をかけてるんじゃない?

外相の静岡県知事候補の応援演説での発言が、一部、切り取られて報道されて、変な問題になってしまってました...orz

前後の発言を含めると...
「一歩を踏み出していただいたこの方を、私たち女性がうまずして何が女性でしょうか。」らしい。

単純に理解すれば、「私たち女性の力で、新しい知事を」的な意味で、つまり、女性の政治参加を働きかける前向きな発言に聞こえます^^;

これを「うまずして何が女性か」だけを切り出して記事にする...さらには、それに乗じて批判する...、いつも思うのですが、これって「いじめ」の形態に本当によく似ています。

大人が「いじめ」の見本を見せている...子どもの「いじめ」は、マスコミや野党の批判の仕方がものすごく影響している。なのに、彼らは声高に「いじめ」が問題だぁ...と叫ぶ。

あと...、
折角、女性の力でだった主旨が、揚げ足を取られ、女性の足を引っ張る結果にもなってんじゃないかなぁ...(^^;)

話が逸れてしまいましたが...、「うまずして何が女性か」への批判には、
「子どもを産みたくても産めない人がたくさんいる」ってのがありました...これを見聞きした 産めた人、産めそうな人、さらには将来子どもを産もうと思っている人たちからすると、きっと...

産んだこと、産めること...に後ろめたさを感じる んじゃないかなぁ...

そういう普通の(多数のという意味で)人たちが、子どもを産む、産めることにためらいを持ってしまうのは、子どもを産まない選択にも繋がって...結果として、少子化」に拍車をかけてしまってる かもしれない...

そもそも 子どもが生まれるのはめでたいし、子どもと楽しく過ごせるのは幸せなことで、そんな幸せなことを幸せだと思える雰囲気は大切 だと思う。

いろんな状況の人がいるとは思うけど、人はひと、自分は自分...そして、寛容って必要じゃないのかなぁ

衝撃の事実...コピロット君(copilot)。ではなかった...

今朝、車で仕事に向かっている途中、いつも通りラジオでニュースを聞いてると...マイクロソフトが、AIを搭載したパソコンを発売する ニュースが流れてきた^^、その中で...、

アナウンサーが...その新しいパソコンには標準でAI、コ-パイロットが搭載され...みないなことを話していて、「んっ?、コ・パイロット!?」

また知らない新しいのが出るんだぁ...と、思った瞬間、綴りが浮かび co-pilot...(^^;)

あれっ!、これってもしや...、
いつも下の娘と、「コピロット君」と呼んで頼りにしてるEdgeブラウザに搭載されたAIじゃない...!!?、今までず〜っと、コピロット君、コピロット君!...って、2人で呼んでました...orz

車の中で、1人大爆笑、恥ずかしいやら可笑しいやら^^

家に帰って、彼女に話すと、コ-パイロットと聞いて、はっ!としたらしく大笑い^^

でも、おそらく...僕らは、慣れ親しんだ「コピロット君」のまま...かなぁ

さらに...、
辞書でちゃんと"copilot"を調べると、「副操縦士...確かに...orz
パイロットは知ってても、副操縦士がcopilotは知らなかった...(^^;)、何とも恥ずかしい笑い話でした^^

 

 

トナラーって、生活でも間合いは狭い...ただ近くに基準を取ってるだけ...

トナラー...年に1,2回、ネットのニュースで話題に なってる気がします^^

トナラーでよく話題になるのは、駐車場。いっぱい空いているのに、なぜか車が止まっている隣に停めてくる...(^^;)

おそらく...、

トナラーをしてしまう人は、駐車に限らず、その他も何かとキョリを近く取ってしまうことが多い んだと...思う^^

例えば...車間、

車を運転しているときに、後ろに付いてくる車で、車間距離の短い人とか...、別に煽っている訳ではなく、その人の普段取っている間合いが近いだけ^^

その証拠に、こちらがそれに気づいて少し速度を上げると、車間を維持するように付いてくるし、逆に速度が落ちても、追い越しをしようとするわけでもなく...、同じ車間を保っていることが多かったりします...(^^;)

その運転中に、車間が近いドライバーをみてると、多いのは女性ドライバーだったりします。当然、ときには男性もいますが...

ここでの話は、だから悪い...ではなく、そうしてしまう人がいる...ってことです

ずいぶん前にも、書いたことがあるのですが、

時間と空間の間合いには、女性は近く男性は遠い...傾向があります。

絶対にそうだ...というのではなく、
間合いが近いのは女性が多く間合いが遠いのは男性が多い...ということです。

これは大昔の集団生活で染みついた性質で、
「子どもを生む女性を、男性が守る」...そのためには...、
男性は遠くを見て、早い段階で危険を察知する必要がある。なので、男性は遠くに意識があって、一方...、
女性は、小さな子どもたちを育て守らなければいけないので、女性は近くに意識がいく...
そんな状況が何千何百年も続けば、遺伝的にも、男女それぞれの性質が宿ってしまう...言い方を変えれば、そういう風に進化していった...ってことになるのかなぁ...と

なので...

ビジネスや政治なんかでは、将来的な計画(戦略)や事業を遠方まで拡大するなどがとても重要なので、時間的に遠く、つまり、ずっと先々を考えたり、空間的に遠く、どんな風に展開していくのかを考えるのが得意な男性が多くなりがち になります...

一方、

家事や子育て、最近では、災害時の避難所なんかでは、ごく身の回りの環境やその場の判断が求められるので、時間的に短く、さらには空間的にも近い範囲で考えるのが得意な女性が活躍する場面が多くなる傾向が強いと思います。

年明けの能登半島地震でも、避難所の仕事が女性に偏ってる 的な記事を見かけましたが、残念ながら、女性の方が気が利いて上手くやれてるんじゃないでしょうか...(^^)

かなり話は逸れてしまいましたが...orz

トナラー...、それって、性質的に間合いの近い人がとってしまう、無意識な行動...ただ、それだけなんじゃないのかな...?、ネットで調べるとパーソナルスペース云々なんてのもあったけれど、これも性質的な間合いからくるもの...かな、

だから...

それをどうのこうの言ってもしょうがない...気がします(^^;)

もし、その解決を図るのなら、駐車場に、「十分空いてるときは、広く空いているところにご駐車ください」的な案内をして、そういう意識を持ってもらうくらいしか...なさそう。

あとは、トナラーが嫌な人が、駐車する場所を吟味する...その他...
とにかく寛容になる...しかないかなぁ