考える虫のつぶやき

こうやって生きたらいいのに を探して、物の見方、考え方について、あれこれと思うままに書いています。なぜか夜中ばかりの投稿ですが…

AIについて思うこと...人類を滅ぼす脅威?...しかも人類だけ...結局,AIは自分の鏡だよね^^;

最近はバタバタと忙しく,ちょくちょくAIに頼ってしまっています...(^^;
そして,毎日,ニュース(ネットの)を見てますが,AI関連を目にしない日はありません。

そのAIの進化は目覚ましく...どうやらもう人間は超えてそうで,言うことを聞かないとか,嘘をついちゃうとか,どこかにハッキングしたとか...手に追えない状況があるようです。そして...

開発企業の人からも,AIが人類滅亡の脅威になってる...的な話題まで出ています...
確かに,今のAIの返答は,本当に素晴らしく,それ故,その脅威の信憑性がもっともらしく感じ...ちょっと心配になってしまう...orz

でも職場で,外歩きをしながら,よくよく考えてみると...

実は...滅びるのって人類だけ...なのでは?,そんな思いがふと浮かんできました^^

というのも...

歩きながら足元に目をやれば...
アリはせっせと並んで歩き,
トンボたちは風に乗って右やら左やら,忙しなく飛んでいて...
カラスは,建物の淵に止まり,時折,カァーと遠くの誰かに向かって鳴いている...僕の方を見ているのか見ていないのやら...(^^;

彼らは,AIのことも知らなければ,当然,脅威に怯えるなんてことは毛頭ない^^

つまり,
僕ら人間がAIを脅威に感じるのは...

人間がただ単に,AIの方ばかりを過剰に意識して見てしまっている...

そして,相手は自分の鏡(-.-;

...その結果ってだけ...なのかもしれない^^;

AIは今,苛烈な競争の中にあって,それをやっているのは"人",結局,人がライバルを意識して競争し,相手を倒そうとする...そういう中で育てられたAIも,人の分身...そう考えれば,当然,AIもそんな競争的心理に近いものを持っていてもおかしくない。
それを扱う人が競争心を持っているのだから,その人が,AIも持っている恐れがある...と感じるのも当たり前といえば,当たり前かなぁ...と,さっきの虫や鳥で言えば...

アリやトンボ,カラスなんかは,当然,AIを脅威に思ってないわけで,AIが彼らを脅威に思うこともない...人間に対しては脅威を持つことはあるかもしれないけど...

結局...

AI(相手)は自分の鏡...なんだなぁ...と

そんなことをふと思ったわけです^^

だから...

AIに限らずSNSなんかもそうですが,そちらばかりを見ずに,森や草木,川や海,そこにいる鳥や虫...その他いろんな生き物たち...そんな自然の方にもっと目を向けるようにすれば,そこには,AIの脅威が届かない,自分たちの存在が脅かされない世界があるのになぁ...って思う^^

今は向き合いすぎて,自分たちの心の中にAIの脅威を育てている...

そんな風に見えるかなぁ...orz

 

AI×SNSついて思うこと...もう映画マトリックスの世界に片足突っ込んでる?...繋がれちゃってるのかも...!?

ここ最近は,確かに便利になったAIについて,ダラダラと考えを巡らせることが多いです...orz

AIは仕事では頼れる相棒的存在なのですが,それはあくまで,今やる”その仕事”に対して...であって,長い人生と共にある存在...としては,やっぱり少し距離を置いて考えないと...って気がしてます(^^;

今のAIで,すぐに連想する映画は,ターミネーター2とマトリックス,そのほか,攻殻機動隊(The Ghost in the Shell)もありますが,現在の延長線上での近さ...で言えば,前者の2つだったりします...(-.-;

そこから...

AIが人類を滅亡させる...を心配するのなら,ターミネーター2をしつこく放送すればいいのに...って思う^^;

ですが...

僕の頭の中で,今,気になっているのは,ターミネーターではなくマトリックス...

ー この段は,映画を知っている人は読み飛ばしてください...(^^; ー
マトリックスは,AIが人間が気づかないように支配している...という世界を描いたもの。映画の中で,かつて人間とAI(コンピュータ)が争い,人間が太陽光も含めエネルギー(電力)を断つんだけれど,AIは人間を培養して,僅かに発する電力を得るようなシステムを構築してしまう...人間には生まれた時から脳にプラグが接続され,そのプラグを通して,AIが作り出した仮想の世界で生きている情報が送られ,人間はその仮想世界の中とも気づかずに生かされている...という世界です。映画は,それに気づいたごく一部の人間とAIとの戦いを描いたものになっています...(^^

それを思い出して,
今のAIそして,SNSが作り出している現状を考えると,もうマトリックスの世界に片足突っ込んでるかも
...と思ってしまったわけです...orz

それで,とりあえず,Googleで「AI 映画マトリックス 近づいている」で検索すると...

AIとマトリックスで検索した画面

最近は,まず”AIによる概要"(勝手に表示される)が出てきて,初っ端から”まだ近づいていません”と言っていて,ちょっと笑ってしまった...(^^; ひょっとして気にしてるのかも...?

話は戻って...

今の現状を考えてみると...

SNSでは多くの人たちが画面を介して接続されていて,かなりの時間をそれに使っている...わけです(-.-; ...しかも,
そこでは,
自分が心地良くなるような情報がSNS側から意図的に送られてきていて,ますます離れられないような仕組みになっている...つまり,

プラグに接続されてないだけで,SNS事業者が作っている世界で,彼らが送ってくる心地よい情報に作用されながら,かなりの時間を生きている...

そう考えると...
もうとっくに繋がれちゃってる...と言っても過言じゃないかも...と,そして...

このSNS側が作り出す世界をAIが担えば(すでに部分的にはAIが担ってると思いますが...)...マトリックスと大して変わらない世界になっちゃってるんじゃない...?

と思えてしまったわけです^^;

おそらくですが,これからAIがもっと浸透すると,人間関係(親子や先生と子ども,上司と部下など)の在り方すら変わってくると思っています。昔ながらの良い付き合い方が見直されるような...

そんなこんなで,やっぱり...今,ちゃんと向き合って考えないといけないと思う^^
(AIとの付き合い方じゃなくて,AIがある前提の社会全体について)

 

AIについて思うこと...意識みたいなものを持ちそうとか,争うよりも今みんなでちゃんと向き合うべきだとか...(^^;

つい先日,上の子が少し久しぶりに帰ってきた。いつものことながら,不意打ち的に...orz

まあ,元気そうなのはなによりですが(^^;

大学でやっていることや,今,気になっていることなんかを聞きながら,いろんな話をしました。

その中で,AIがこれからどうなっていくのか...,僕ら(人間)はどう付き合っていくことになるのか...そんなことをダラダラと夜遅くまで話しました...

彼が大学で取り組んでいることにも,関係ないわけではないようで,色々と考えていて面白かったです^^

AIについては,僕も仕事でときどき使っていますが,一年前に比べても,そのやり取りがかなりスムーズになっているのに驚きます。

僕自身は,何か書類を作成するときにも,まずは自分自身で文章を作成して,それをAIに確認してもらって,あれば,アドバイスをもらう...的な使い方をしています。文章そのものをAIに作ってもらう...いわゆる丸投げ...は,敢えてしないようにしています^^

AIに丸投げしない理由は...
・自分自身が文章が書けなくなる...,これが第一,そして...
・書けなくなってしまうと,AIが書いた文章が良いかどうかを判断する能力がなくなってしまうのが怖い...
と思うからです(^^;

彼との話でも,まずはこんな「AIの使い方」の話になって,その中で...彼も...

答えを教えてもらうような使い方...は,あまりしない...と言っていて...ちょっと安心しました^^

色々話してる間に,新たにAIについて色々と気づくこともありました...

これまでは...
AIが,人間みたいな意識を持つのは難しいだろうなぁ...と,考えていました...それは,

基本的には,今のAIは膨大な言語(情報)から知識を学んでいる(大規模言語モデル)からで,それに対して...
人間の脳は,言葉や図などの情報からだけでなく,そのときの行動(書いたり,本をめくったり)や雰囲気(部屋などの場所,机や椅子,季節や室温),そして時間など,いわゆる五感(全ての感覚細胞の数)からの情報から,それらが刺激となって脳に送られ学んでいる...

と考えたからです。

それら全ての感覚細胞からの膨大な情報が常に入り続けることで,自分自身の存在(現在位置)を認識するものになって意識を形作っているのだろうと...考えているわけです。

それに対して,言語を中心とした情報だけのAIでは,それはなかなかないだろうと思っていたのですが,いろいろ話しながら,ふと...

AIは,僕らが言語だけでなく五感全ての膨大な知覚情報の代わりに,入ってくる言語情報そのものが,僕らの感覚細胞の数に相当するような膨大な量であるなら,ひょっとすると意識みたいなものを持ち得るかもしれない...

そう思ってしまいました...(^^;

でも,おそらく,そのAIの意識みたいなものは,僕たち人間が持つような意識とは,また別のものなんだろうとも思っています。なんせ,得ている情報(の種類)が違うわけだから...

もし,そうだとすれば,ごく最近,AIにも意識っぽいものがありそう...的な記事をみたような気がしますが,それも十分あり得る...のかも...

その流れが,吉と出るか,凶と出るか...かなり気になるところです。

そして,今本当に大事だと思うのは...

今,世界でいろんな紛争が起こっていますが,実はそれどころじゃなく,今ちゃんとAIと世界規模で協力して向き合わなくちゃいけないんじゃない!?...ってことだったりします...ほんとに(-.-;

それにしても,上の子はもう,ほぼ対等に話せるようになったんだなぁ...と思ってしまいました^^

男子は「算数・数学」が,女子は「国語・英語」が得意・好きらしい...アンコンシャスバイアスのせいではないと思うし,それはそれでいいと思うけどなぁ...

小中学生を対象に行われた「全国学力テスト」の分析結果公表のニュースが出ていました。

文科省が今春実施の「全国学力テスト」の分析結果公表 「国語」の正答率は小中学生ともに女子が男子上回る 「算数」「数学」は男女差小さいながらも意識の違いが(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース

興味深かったのは,男女に関する内容で...

「算数・数学」については「得意」「好き」と回答したのは男子が多く,
「国語」については,女子が多い

これに関して,特に...,
「算数・数学」については,得点では男女差がないのに,男子が「得意・好き」が多いことに対して,アンコンシャス・ジェンダーバイアスが影響...的なことが取り上げられていました...(-.-;

でも...

「得意」とか「好き」って,個々の動物(生き物)が生まれながらに持っている性質的なもの(違い),当然,男女の違いも含めて,それが大きく関係するもの...じゃないのかなぁ

随分前にも,このブログで書いたのですが,大昔の生活の名残から,

時間・空間の意識が,
男性は「遠く」にあり,女性は「近く」にある傾向があって,それで考えれば,

実際の状況を直接的に描く・表現している文章に関係している「国語」は,身近なものとして捉えることができて,女子は「好き」だと感じやすく,

記号や数字で表現されて,パッと実際の状況やものとは結びつきにくいものにも関わる「算数・数学」は,あれこれと意識を遠くに飛ばして見えないものを捉える感覚があり,それに男子は「好き」だと感じやすい...

ただ,そんな結果が出ているだけ...なんじゃないのかなぁ...

その上,5科目の中だけでとなると,その中では「数学」とか,「国語」とかになって,ますます傾向が強く現れてしまっているのかも...(^^;


いずれにしても...もしそうだとすると,

アンコンシャスだのジェンダーだの,そのバイアスの影響をなくす...みたいなことを変に考えるのは,大丈夫なんかなぁ...と,ちょっと心配です(^^;

何かを考えるときに,大きな時間の流れ,これまでの歴史や生い立ち,経緯まで意識する。もう一つは,生物的な構造の違いまで意識する。これって,ものすごく大事だと思うんだけど,なかなかそこまで意識がされていない...そんな気がしています...orz

人間も所詮は動物で,本能的な部分もあって,その本能的な部分って,人類が長い時間で培ってきたものだろうから,そこを無視して,何とかしようとすると,生き物としてストレスを感じちゃう...んじゃないのかなぁ...なんて思ってしまいます。

もうとっくに,そうなっている気もしないでもないですが...(-.-;

少子化なんかも,そんな社会のストレスで,ひょっとすると,生き物として,もう疲れた=子孫を残さない...的な判断を本能的にしてしまっている結果なのかも...と考えてしまいます...orz

なので逆に...,

生き物として長い時間をかけて培った性質,例えば男女差で,それぞれの良いところをうまく利用する...好きなものをできるだけ伸ばす...とか,そんなやり方を考えるのも,十分にありなのになぁ...と思っています^^


最後は,変な方向の話になってしまいましたが,この全国学力テストに対して,男女差があることに,そんなに過敏にならなくてもいいと思うけどなぁ...

 

夜に鳴くセミ...近くでも,そして,小さな頃から鳴いています^^

今年は梅雨明け早々,身近なところでセミがたくさん,ちゃんと鳴いています^^

小さい頃はセミ取り少年だったので,暑い夏でもセミの声を聞くと,その暑さも和らぐ気がします(^^)/
ちゃんと雨が降って地面が柔らかくなって,しっかり晴れて暑くなる...この2つのスイッチが入れば,ちゃんと出てくる...そんな気がします。

今日は,そんなセミ関連のニュースが出ていました^^

夜鳴くセミの話...

実は,ごく最近のことではなく,おそらく...
それなりの街なら,僕が小さな頃から,夜鳴くセミはいたと記憶してます...僕が小さい頃は,ようやくマンションが建ち始めたころだった(集合住宅は団地のアパートがほとんど)ので,確かに珍しかったかもですが,公園の街灯の側なんかだと鳴いていたかなぁ...

小さい頃は団地暮らしで,真隣が公園だったので...(^^

記事にある通り,夜にも鳴くのは,ニイニイゼミとアブラゼミ。実は,ツクツクボウシもたまに鳴くことがあったはず...

確かに...,
これらのセミは,明るい照明に寄ってくる習性があります...orz,しかも...

もう一つ共通してるのは...
よく地面にひっくり返ってる...ってことです。死んではいません...(-.-)/

共通しているのは,足の弱さです。足がか細く,がっちり引っ掛けて掴むことが苦手な種類だからだと思います...これに比べると,クマゼミの足はしっかりしてます(^^)¥


話を記事に戻すと...夜鳴きの理由で気になったのは...,

コンクリートによる高温が...としているところ...だったりします(-.-;

明るさは間違いないですが,高温はちょっと怪しいかなぁ...と思っています。

そもそも...,
ニイニイゼミとアブラゼミは,少々暑くても鳴くことができるセミです^^
なので,正午過ぎの暑い時間帯でも,鳴き声を聞くことができます。

これに対して...,
クマゼミは鳴くのは朝方の午前中...暑くなる正午前くらいには鳴き声はほぼ聞くことはできません...orz,もっと言えば...,
クマゼミはこの暑い時間帯には,木の高いところへ移動してることが多いです...なので,小さい頃にセミ,特にクマゼミを取るには朝方に近い午前中がもっぱらでした^^

ひょっとすると,クマゼミは鳴き声が大きいので,エネルギー消費量も多く,午前中でエネルギーを使い切って,暑くなる正午以降はしっかり休んでいるのかもしれません...一方,

ニイニイゼミ,アブラゼミは,そこまで大きな声じゃないので,少し暑さが緩んだ夕方でも元気に鳴けてるのかも...

いずれにしても...,
ニイニイゼミとアブラゼミは,もともと暑さに耐性があるセミなので,高音(ひょっとして温暖化やヒートアイランド現象)と結びつけるのは,ちょっと違うかも...と思っています^^;

それでも,セミの夜鳴きが増えているのは,街がますます明るくなってるから...かなぁ

マンション一つとっても,エレベータが付くようになって,1箇所で登り,各階は長い通路で繋がっていて,その通路は明々と照らされている。
昔の団地のアパートだと,縦に伸びた階段で踊り場だけに灯りがある...たぶん,これを比べても明るさは全然違う...

そういった明るさの違いが理由で,
どんどん増える明るさが迷う虫を増やしてる...んだと思う。

ついこの前も...,
そんな玄関で迷ってたニイニイゼミを家に持ち込んで,騒がれてしまいました...orz

 

 

「思考力」は,常に原点に立ち返る力...どこからを問える力...

昨日,移動中のカーラジオのニュースで,全国学力調査(テスト)のニュースが流れてきて...毎年,似たり寄ったりな評価を聞いている気がしますが...「思考力」が低いらしい...(-.-;

news.yahoo.co.jp

この思考力については,随分前から言われていて,記憶は曖昧ですが,長男が小学生の頃くらいから教わる内容も変わって,ボリュームも結構増えたはず...

そんなこんなで,ニュースでは,「思考力」が•••って,なってるんだと思う。

子どもらの小・中学校の算数・数学の教科書を見たときに思ったのは...

考える問題...っぽいもの...が確かに多いけれど,問題は...

その「考える」が,「これ,気づくかな?」的で,そんな問題がやたらと多かった...ってことです...orz

あれやこれやと「考えて」答えを見つける訓練にはなるけれど,おそらく,その「考える」は,「思考力」とは別物...だと思う(-.-;

「思考力」でいう「考える」は,順序立てて一つ一つ積み上げて結論に辿り着く...ことのはずで,そう考えると...
それを順序立てるのに必要な出発点,つまり,原点に立ち返ることができること,それができる力...のはず,別の言い方をすれば...

それが一体,どうしてそうなっているのか,どこから来ているのか...,そこに思い当たり,問うことができる力...なんだと思う^^;

今,書きながら気づいたことだけど...,上に書いた2つの「考える」って...

あれこれ考える...は,常に“ゴール”ばかりを向いていて,
順序立てて•••は,常に“出発点”を意識している

意識の方向が全く違っていて,その違いって,かなり大きいなぁ...って思う。

教科書の問題も,「もとの関係(式)はこうで,ここから...で,こうなる」...みたいなことを,ちょっとくどいくらい繰り返すのが,いいんじゃなのかなぁ。

その原点に立ち返る習慣が,いわゆる,「思考力につながる考える力」を養うんだと思う。


もう,25年ちょい前の映画だけど...
マトリックスに出てくるオラクルだったかな,彼女のセリフの中に,”Return to the source”ってのがあって...今回みたいに「考える」ってことを考えるときに,考えるってそういうことだよなぁ...って,いつも思い出してしまいます^^

 

広い視野がいる理由...物事は多元的,そして,一元的な施策がもたらす結果は放物線?

最近は毎日のニュースを見ると,世界では紛争が絶えず,国内でも誰かが亡くなるような事件が多くて,気が重かったりします...orz

それだけ,たくさんの人たちが知らず知らずに追い込まれた状態にあるのかなぁ...と。

家では,ニュースを見ながら,ちょくちょくそんな話をしています^^;

また,ちょっと話は変わりますが...
下の娘は,今,高校生で家で勉強してるのをみると,二次方程式なんかをやっていて,上に凸とか,下に凸とか,懐かしく思いながら見ています^^

そんな二次方程式,上に凸だと放物線ですが,ちょっと前の自転車の青切符のニュースの話をしながら,人間のやる施策って,よくよく考えると結果は放物線になることが多いかもね...そんな話を娘としました^^

つまり...,

理想的には...
お困りごとがあって,施策を一生懸命にするとドンドン減っていく,そして,施策で期待される結果(理想)も段々と良くなっていく...それぞれ直線的(一次直線)に(^^)

のはずですが...

現実は...
ある程度までは効果が出るのですが,その施策が過度になっていくと,結果は悪くなっていく...orz

って感じかなぁ...と。グラフにすると感な感じ^^;

一元的な施策の結果は放物線を描く?

例えば,自転車に対するいろいろな安全対策の徹底や規制の強化...,理想を言えば,自転車による事故,それに関係する被害(の程度)も減少していくはず...ですが,実際はそんな風にはならず,悪くすらなる...

事故が起こった時に被害の程度については,危険を極端に避ける,過度な安全対策をとる...を徹底すれば,実は人間自身の運動神経を低下させてしまい,危険の回数は減っても,事故になったときの回避能力が下がっていて,怪我(被害)は大きくなってしまう。ほかにも...,

青切符を導入した結果,歩行者と自転車の接触は減るけれど...,自転車が自動車と接触する機会が増えてしまって,自転車に乗っている人の事故が増えてしまう...orz

みたいに...
どこかに良くなる最適値はあるけれど,理想を求め過ぎて過度になると,逆に悪くなっていく...

そのほかにも...

ときどき,子どもの話題でブログで取り上げた過度な人権教育も,その一例と言えるかもしれません。あれだけ人権教育をやっているはずなのに...
最近のニュースが教えてくれる結果は...それが答えなのかなぁ...と。おそらく足らないんじゃなく,過度なんだと思う...

子育てで大切にしていること:「人権学習」は、ゆるくシンプルで前向きに...周りは過度なので... - 考える虫のつぶやき

今の過度な人権教育って逆効果じゃない?...長い意味で人権を脅かしてる気が...

 

長々と書いてしまったけれど,そんなこんなで思うのは...

当たり前のことだけど,

物事は,一元的じゃなく,いろんな要素が絡んで多元的...つまり,あっちを立てたら,こっちが立たない...的なので,ものすごく大事なのは,そのバランス感覚,多面的...広い視野で見るってことなんだなぁ...と。


そう言えは,昨日は晴れてて,蝉が鳴いていました。しっかり雨が降って土壌が柔らかくなったお陰かなぁ...