先日、若い人が書いた自己紹介的な文章を読む機会があった。
その中で、
「主観で考えるのではなく、客観的に・・・」という一節があって、なんとなく、その意味が気になった。
端的には、「なんで、主観の方は、否定的に扱われているんだ…?」って思ってしまったわけです。
たぶん、その表現だと「主観で考える"だけ"でなく」にするとよりいいのかもしれない…
まあ、表現はともかく、
「主観」って、社会、つまり、人とのつながりの中では、
ちゃんとした「客観」があってはじめて受け入れられるもので、
「客観」がなければ、単なる「わがまま や 一人よがり」としてしか受け取られない。
そういうことなんだ…って、改めて考えさせられました。
今までは、
「主観と客観」は、対語で対等なんだと思っていたけど、実のところ、そうじゃないんだなぁ…と
そう考えると、
「客観」、つまり、
いろんな人が見て思うもの、それを理解し受け入れることが、とても大切で、
その上で、
「主観」、つまり、
個性的であること が、周りを惹き付け、より一層、その人を魅力的にする。そういうことなんだと…
よくよく考えると、当たり前なのかもしれない。
「自分のやることをちゃんと理解してもらう」には、その分、
「周りの人をちゃんと見て、ちゃんと理解してあげる」、
これができないと、やっぱり、そうはならない…
そして、
この「主観と客観」の関係って、
「自由と責任」の関係とも似てるように思う、
後者がまともでないと、前者は意味をなさない、
責任も果たせない、
ただ単なる「自由」は、「わがまま」でしかない。でも、
ちゃんとした「責任」を果たせれば(能力があれば)、何かと許される(自由)ことって多い。
まさに「後者があればこその前者」の関係で、特に、
前者の「主観」や「自由」は、
後者の「客観」や「責任」とは 表裏一体 の関係 でしか意味をなさないと言っても、言い過ぎじゃないかもしれない。
結局は、
「周囲への気配りや、思いやり、
まずは、それを身に付けること」
何事もそこからはじまり、それを通して個性を研く
それに尽きるのかもしれない。