考える虫のつぶやき

こうやって生きたらいいのに を探して、物の見方、考え方について、あれこれと思うままに書いています。なぜか夜中ばかりの投稿ですが…

この熟誠を要す...論語と算段...自分の理想や思いを仕事に乗っける^^

ほんの少し、余裕が出てきたので、随分と放置していた論語と算段」渋沢栄一 著(角川文庫)を読んでいます...(^^)

ただ文語体に近くて読みにづらく、相変わらずなかなか進みません...orz

それにしても...
大概、今のお困りごとが、この本には書いてあって、ある意味がっかり...そして、人は変わらないんだなぁ...と、またがっかり...だったりします。

彼がこれを大きな戦争前夜に書いていたんだとすると...今も同じ...つまり、今の世界情勢って、大きな戦争に繋がり得るんじゃないのか...?、って心配になります...orz


本題ですが...、この「論語と算段」の中に、
「この熟誠を要す」って話があって、そこに、仕事の向き合い方について、なるほどなぁ...って話がありました。

読みにくい文体なので、自分のために、ラフな感じになんとなく書いてみました^^
多少の間違いはあるかもですが...(^^;)

最近多いと感じる額面通りの仕事に対する戒め的な内容です...、どうせ仕事するなら、自分の理想や希望を入れちゃって、あれこれ工夫してやった方がいい...よね^^...って感じで、間違いなくそう思う。


以下、その内容です...
「どんな仕事であっても、趣味の側面があった方がいい。任された業務をやるにしても、趣味を持ってやることを心底希望したい。

趣味というと自分の理想や欲望みたいなものだったり、ほかにも、自分の好みや楽しみになるようなもの...そんな風に聞こえるかもしれない。なので、ここで言う趣味をどう理解すればよいかになるけれど...、単に与えられた職務を額面通りにやっていくというのは、決まったことを言われた通りにやっていくってことだけど、趣味を持ってその職務をやるというのは、心底思い描いて、この仕事はこうあるべきだよなぁ...とか、こんな風にやりたい...とか、こうなるんだったら、ここのところをこうやれば、こうなるよなぁ...みたいに、その仕事に、思い描く色々な理想や欲望を乗っけながらやっていく。それが仕事に趣味を持つってことなんだと思う。

趣味にはほかにも意味があるだろうけど、どうせ仕事をやるのであれば、趣味を持ってやって欲しい。さらに一歩進んで、人として生まれたなら、人であるために、何事も趣味を持ってやっていきたい。今の世で、しっかりした趣味を持って、その趣味がまったく正しい方向に向上すれば、きっと相当に素晴らしい世の中になる...間違いないと思う。そこまでなくても、趣味を持ってやれれば、間違いなくその仕事には精神が宿っているはず。

もし、その仕事を決まった通りにやるだけなら、命は宿らない、形だけのものになってしまう。ある健康本には、年をとって生命があったとしても、ただ食って寝て過ごすだけなら、それは生命じゃなくて、単なる肉の塊と変わらない。なので、人は年をとって身体の自由が利かなくても、真心を持って関わることができれば、生命と言える存在だと書いてあった。人間なら、肉の塊より生命の存在でありたいと思うのは当然。特に、僕らのような年寄りは、いつもそれを心掛けなくちゃいけない。まだ、あいつは生きているかなぁ...なんて言われるは、まさに肉の塊と変わらない。もし世の中、そんな人ばかりだと、日本が活き活きするなんてないと思う。今の世間で著名な人でも、まだ生きてる?なんて言われる肉の塊みたいな人は多い。

これは、事業をやっていくのも同じ。それを単純にやっていくだけじゃなく、やっぱり趣味を持ってやっていった方がいい。趣味がないってことは、精神がないのと同じで、木製の偶像と同じ。

こういうことだから、何ごとも自分の仕事にしっかりとした趣味を持ってやりさえすれば、全て自分の思い通りになるとはいかなくても、心底思い描いている理想や欲望を部分的には適えられるはず。孔子の言葉にも、「これを知る者は、これを好む者に如かず。これを好む者は、これを楽しむ者に如かず」というのがあって、これこそ趣味の極致なんだと思う。
自分の仕事に対しては、必ずこれをしっかり誠心誠意でやっていかないといけない。」