僕はルールや規則みたいなものが好きではありません...
残念ながら、今は少し全体的なことに気を配らなくちゃならない仕事もしているせいか、それに関わることがちらほらあって、ときどきげんなりしてしまいます...orz
少し前も、ある規則に新しい内容を加える必要がでたらしく、それに対して、いろんな意見がでて擦った揉んだがありました...(^^;
その中の一つに、「〜しなければならない」と強制的に行動を求める文言があって、これには僕もちょっと響きがきついなぁ...って思ってしまいました。
でも、加えられたところ以外を眺めてみると...、
文言の表現としては「〇〇するものとする」となっていました。そのとき思ったのが、結局は「しなくちゃならない」的なことには変わりはしないのですが...
規則なんかの文言の多くは、間接的な言い回し、つまり、やや柔らかい表現がほとんど^^
そんな物腰の柔らかい言い回しのお陰で、受け止める側は、ただ従うとはならず、それについて考えることができる...そんな余地を提供している...風に思えました。そう思えて、実は昔の人って、ちゃんと考えてたのかなぁ...と、本当かどうかは知りませんが、なんとなく感心してしまいました^^
結果的には、「〜しなければならない」は、「〜するものとする」になり、ホッとしています(^^)/
ちょっと話は逸れましたが...
今回の件で、その規則変更に関わった人(悪い人ではありません^^)とたまたま話をする機会があって、その雑談の中で、規則を整備する意義について力説されてしまいました...、曰く
規則をちゃんと整備することで、現状のある一部の人に頼るような属人的な状況を減らせる...つまり、規則を整えていけば、それに従うことで誰もが業務をこなせる組織になり、継続的なよりよい運営ができる...ということでした^^;
一見、よく聞こえて、あぁ、なるほどなぁ...ってなりそうでしたが...、
誰もができる凡庸な仕事しかできない組織...になっちゃうんじゃない?...と、
頭の中の誰かが速攻で反論してきました^^(その場では、もちろん反論していません...)
そのあとも考えていますが、その反論は間違っていない...と思っています(^^;
それで思い出したのが、以前、このブログでも書いたグローバル化の話...、
規則やルールの推進も、実はこれに似ているのかなぁ...と。つまり...
規則やルールによって、ある一部の属人的な人...多くは特殊に力を発揮できる人...に頼らなくて済むような組織にする...、なんとなく聞こえはいいですが、それと引き換えに...
大概は仕事のレベルを誰でもできる程度に落とさざるを得ない...orz
グローバル化の話に載せた手書きのグラフの図と同じで、規則やルールって、ある意味、平均値を定めるようなもの...なので、
属人的な人たちにように、その平均から明らかに外れる人って、残念ながら、ルールを犯してしまう状況になることが多く、ルールを守らせちゃうと、結果的に、彼らの活動を抑制させて、"おぉっすごい!"的な結果が出せなくなってしまう...ほぼ間違いなく...(-.-;
組織全体から見ると、これって、明らかにマイナスで、企業なんかだと競争力を削がれて死活問題だと思う...(^^;
アップルのスティーブ・ジョブズ氏、マイクロソフトのビルゲイツ氏、スペースX・テスラのイーロンマスク氏などなど、挙げればキリがありませんが、いわゆる「すごい」と言われる企業を引っ張る人たちって、みんな属人的^^(日本でもかつての本田宗一郎氏や松下幸之助氏も...今もユニクロの柳井正氏なんかも)
もちろん、これは企業だけじゃなく、政治家だって、学校なんかの教育機関だって同じ...
それを考えると、実は...、
強力な組織って、どれだけ属人的な人たちを多く許容できるか...つまり、どれだけ属人的度数が高いか...じゃないのかって思う。