少し前に,飲み会みたいなものがあって,久々に参加しました(^^;
個人的には,飲み会のようなイベントは,お酒も飲まないせいもあって,あまり積極的ではありません...それなりに楽しく個々には楽しく話をしますが範囲が限られていて,いつも,どう立ち回ればよいのかが分からない...orz
その中で,年配の人たちが,若い人たちへの話として,やんわりとした話し方でしたが...,
「今の少子化の問題って将来的には心配だと思うし,そう考えると,家族を持って子どもを持つようになって欲しいなぁ」
...そんな話をしていました。
そのときは,僕はその話の中にいませんでしたが...僕も,
できるなら,家族を持って,ぜひ子どもを育てて欲しい...と思う1人です^^
ただ,ちょっと違うのは...,
それは「生き物として」です。なんだそれは?,と言われてしまいそうですが,思うところは...
今,ここにいる僕らの存在って,地球上ではじめて生命が誕生してから,一度も途絶えたことのない生命(いのち)...だということです。
逆に...,
子孫を残さない...ってことは,悠久の長い時を超えて続いてきた命が途絶える...ってことになります。
そんな風に考えると...
生き物として,命をつなぐ...って,ものすごい(尊い)ことなんじゃない!?
そう思うわけです。
昔の人たちは,そのこと,そしてその難しさを感覚的に理解していて,子孫に繋ぐ,その繁栄のために,あれやこれやと手を尽くして頑張っていたんだと思う。今よりずっと死が身近だったせいでもありますが...
今は,小•中学校でも,理科の1つとして「生物」も結構学習するようになりました^^
生物を通して命を学び,子どもたちの多くが,果てしなく長い時を超えて命が繋がれてきた...そんな風に思える学びであったらいいのになぁ...と思うことがあります。
自分の存在を,自分だけの命として考えず,地球上に生きている全ての「生き物」あるいはその一部として思えれば,その命を繋ぐ...家族を持って子どもを育てる...
も違った意味になってくるんじゃないのかなぁ...とも^^
あと,もう一つ...
気になっている言葉に「自分らしく」
があります^^;
「自分らしく」は大切なのですが,今は結果的に,その言葉が,「"自分だけの"命」っぽく捉えしまう感覚に繋がっているのでは...と感じています。
僕が大学生ぐらいの頃(バブル期くらい)から,「自分らしく生きる」や「自分らしさを大切に」,「個性を大事に」とかを,よく耳にするようになって...
その「自分らしく」を求める風潮がどんどん肥大化して...,今では,すっかり行き過ぎちゃった感があります...きっと。
そのせいで,知らず知らずに自分への意識が過剰になって...,世の中,返って息苦しくなっている...そんな風にすら見えます。
ベタな言い方になってしまうけど...
困っている人がいたら助ける,手伝う...だったり,仕事でも,どうせ一緒に過ごすのならお互い協力して楽しく...つまり,
「誰かのために」
で行動する方が,きっといい^^。
なぜかというと,経験的にはそれが自分に返ってくる...自分のためになってることがほとんどで,しかも,発揮できる力はひとり分じゃなく,何人分かは出せてる...気すらします。
だからといって,これをすぐ...は,なかなかうまくできないかも...ですが,少しずつ続けていくと,きっと変わってくると思います。
うまくできない...というのは感触的にという意味ですが,その理由は...,よくされた(側)相手も,それに慣れるのに時間が掛かるからというのが一つです。
ファーストフードやコンビニでも,よく行くお店で,こちらが会釈とか"ありがとうございます"とか丁寧な応対をしていると,さほど積極的な話はしなくても,次第に(時間が経つと)親切にしてくれるようになります。ファーストフード店で気を利かされると,さすがにちょっと恥ずかしかったりもしますが,でも,嬉しかったりもします...(^^;
話が逸れてしまいましたが^^;
周りとの関わりがよくなると,ある程度の関わりは心地よくなって,そのおかげで,"ひとり"って感覚は薄くなる(^^)。自分だけ...って考えることもあまりなくなってくるんじゃないのかなぁ。
そういう感覚が普通に(意識しなく)なってくると,実は,家族を持ったり,子どもを育てたりすることもありだと思えるようになるんじゃないのかな...(^^
そんなことを,あの時の会を振り返りながら,ぼんやりと考えてしまいました^^