考える虫のつぶやき

こうやって生きたらいいのに を探して、物の見方、考え方について、あれこれと思うままに書いています。なぜか夜中ばかりの投稿ですが…

信号のない交差点で思い遣り ~ベトナムの思い出~

もう、かれこれ10年ほど前に行ったベトナムの話です。

仕事で、ホーチミン、かつてのサイゴンに行きました。

そのときに、
強烈に印象に残ったのは交差点。

今はあれから何年も経ってるので、どうなっているのか...、かなり整備されているのかもしれません。

当時は、結構、大きな交差点でも信号機がなく、びっくりでした(@_@)

バイクの方が自動車より多かったのですが、いずれにしろ、大きな交差点は、交通量はかなり多く圧倒されました。

さらに驚くことに、多くの交差点で信号機がありません...‼️

面白いのは、信号機もすべて統一されてなくて、どこかの国の払い下げ品のようなものが使われてたりします。

日本の歩行者用の信号機もありました(^-^)

それだけでも面白い交差点だったけど、

そこを通るバイクや車の様子は、正に混沌、
その混沌とした光景には何故か心惹かれるものがあって、何度も、そして、どれだけ見ても飽きませんでした。

たぶん、何か起きそうで、ハラハラするからかな?

特に面白かったのは、
縦の流れと横の流れが入れ代わる瞬間

信号機がないので、流れが入れ代わるのは、

一方の流れに"ほんの僅かな隙"ができる瞬間

その間隙を突くように、もう一方の流れで待っていた一人が、さっと切り込み、それに引きずられて数台が続き、半強制的に流れが入れ代わります

このスリルある瞬間に、毎回、引き寄せられ、見入ってしまってました。

市街地では、こんな交差点が至るところにあって、数日間の滞在期間中、
一度も大きな事故を見かけることはありませんでした。


このときに思ったのは、

信号が無ければ無いなりに、個々の運転者は、その分、周囲に気を使うようになって、結果的に、事故もなく、上手く機能してるじゃないか...!」

ということです。

日本みたいに、信号機が行き届いていると、
信号に頼ってしまって、ドライバーは気を配ることを止めてしまう」もし、そこで、
ちょっとした異常が起こっちゃうと、対応できずに、返って大きな事故を起こしてしまうんだと思う。

特に今は、みんながギクシャクしがちなので、

信号がない方が、周りを気を配らなくちゃいけなくて、相手を思いやる訓練になって、色んな派生的な良い効果が出てくるんじゃないかなぁ...と、

結構、真面目に思っています。