考える虫のつぶやき

こうやって生きたらいいのに を探して、物の見方、考え方について、あれこれと思うままに書いています。なぜか夜中ばかりの投稿ですが…

子育てで大切にしていること:「正しさ・公平さ」について

今年は職場に新人がやってきて、一年間は相談係のような役目をすることになっています^^、ただ、彼は当然若いのですが、僕なんかより余程しっかりしてて、何でもちゃんと調べているので、こちらが頼ることの方が多いかったりします...orz

前置きはこのくらいで...

下の娘ももう中学生でだいぶんしっかりしてきた感じ がして、もう少ししたら頼ったり頼られたりで対等に話をするようになるなぁ...と、思ったりしています。なので、僕自身の子育て感覚を少しずつ薄めながら付き合うようにしなくちゃいけません...きっと。

そんな風にしっかりしたように思えるというのは、子どもたちが「正しさ・公平さ」については、まあまあ良い感覚を持ててる のかなぁ...と。

子どもたちには、「正しさ・公平さ」について、そのときその時で、ちゃんと考えられるようになって欲しいなぁ...と思っていて、それを大切に普段の話をしています(^^)。ただ、そんな話をする機会はときどきしかありませんが...(^^;)
ただ、残念なのは、最近は戦争やSNSの炎上などなど、色んな話題が絶え間なく提供されて、家でもそれなりに話をしてしまっている気がします...orz

そんな話をするとき、いつも難しいなぁ...と思うのですが...、「これが正しい」「これが公平だ」みたいに「正しさ・公平さ」を断定的に話さないように...気をつけています^^

「正しい」のはなんとなくこっちじゃないのかなぁ...とか、「これが正しそう」だけど、それとは違う思いの人や、状況でできない人もいるんだよね...とか、実は「正しさ」ってハッキリしないもので、色んな見方(考え方、方向)があって、その見方(立場)によって「正しさ」なんて変わっちゃう...的な感じで話をしています^^。ただ...やっぱり、
色んな「正しさ」の中でも、なんとなく正しそうな方向(立ち位置)、正しさの優先度みたいなもの...はある...よなぁ...とは思ってはいるので、なんとなく、そっちを向いてるかな程度で、何気ない雰囲気で色々と話をしています^^...、

この「なんとなく正しい」には「公平さ」も必要で...難しいのですが、色んな見方(立場、環境、育ち...等々)があることも、大事にしています(^^)。

僕が育った地域って、色んな境遇の人たちがいた地域でした。中学校は公立だったので、そんな色んな境遇の人たちと一緒に過ごしたのですが、そのときの経験が、それを大切にしなくちゃ...と思わせている...そんな気がします。
高校はいわゆる進学校...そして、大学、その高校・大学時代を思うと、ある基準を満たした価値観の近い人たちがほとんどでした^^。高校進学直後、それにはホントに驚いた(みんな君付け、さん付けだったり)記憶があります(^^;)。それに比べると、中学校までは本当にバラエティに富んだ世界で、大変な出来事もときにはありましたが、今、色んな見方ができているのは、その環境のお陰かなぁ...と、つくづく思うことがあります。そう考えると、感謝すべき環境だったのかもしれません^^

上の子のときと違い、下の娘は、同級生の話が多く、困った話が多いのですが、聞いてると、色んな事情を抱えてそうで、そんなときに、中学時代までの色んな人がいた経験が役に立ってたりします。彼女も話をして、同級生の事情が想像できると、「公平さ」そして「正しさ」が、それまでの「硬い感じ」から「柔らかい感じ」に変わってくる...

ここまで書いて気づいたのですが...

大切にしている「なんとなくの正しさ・公平さ」って、「柔らかい正しさ・公平さ」なのかもしれません^^

とにかく、そういう「正しさ・公平さ」の感覚、それについてちゃんと考えられるように、育ってくれたら嬉しいかなぁ...(^^)